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Everlasting Blue~後章~
2009/02/28
title:Everlasting Blue~後章~
author:高望さん

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ふんだんに熱のこもった風がけわしい岩場を駆け上がる。
昼のアテネは容赦ない太陽が大地を照りつけ、エーゲ海からの風も例外なくうだる暑さをサンクチュアリに運ぶ。
その岩場、眼下に水平線を映したまま佇む影があった。

ドラゴンの聖闘士・紫龍。

長い髪を突風に乱し、じっと海を眺めている。
十二宮での戦いの後、ムウに礼を告げに訊ねたものの、思わぬ行為をされて動転してしまった。


指先に、キス。


何故…なんだ。
紫龍は両腕を持ち上げ、自分の手のひらに視線を落す。
鍛え上げた、無骨な手。
岩を割り、滝を砕く戦士の拳。
星矢たちのよりは少し大きく、指も長い、戦いで傷だらけの、お世辞にも綺麗とは言いがたい手だ。
そんな指に、何故、ムウはまるで敬うかのようなキスをしたのだろう。

わからない。
何をどう考えても、その真意はわからず、意図は掴めない。
あの瞬間、紫龍は驚いて、でも不快ではなくて。
不思議な衝撃が走り、全身がこわばった。
痺れるような熱が、あの感触が今でもリアルに残っている。

手を、握り、締める。
あの熱を思い出すように、指先に力をこめた。
胸がもやもやする。
今までに感じたことのない、奇妙で説明のつけがたい、不思議な感覚が自分の全身に広がっていく。
しかしそれは決して不快ではなく、けれど、良いものとするには判断できなかった。

この感覚がなんなのか。
あの日以来、気になって仕方がなかった。
相談しようにも、相手がいない。
星矢たちに同調してもらえる感情とは思えなかった。
だからといって沙織に訊ねるには違うような気がしたので、ずっと胸のもやもやを持て余す。
今みたいに、白羊宮から海を眺めて。



「おや、またお会いしましたね」

穏やかで深い声が、紫龍の鼓膜を振るわせた。
熱風が、静かな小宇宙を運ぶ。
その声を、知っている。
その小宇宙を、知っている。

今、紫龍が思い描いていたムウその人、その存在。

紫龍は振り向かなかった。
いや、振り向けなかった。
あまりにも突然すぎて、唐突すぎて、無様にも全身が強張ってしまったのだ。

「ここからの海は、よい眺めでしょう」

静かな足音が近づいてくる。
その音がひとつひとつ聞こえるたび、胸に奇妙な熱が生まれるのを感じた。

「普段は世俗の喧騒が煩わしくて、ジャミールにこもりきりなのですが」

柔らかな声は淡々と言葉を綴る。

「アテネの景色を眺めていると、世界はこんなにも美しいのだと、思いますよ」

視界の端が翳った。
隣にムウが立つ。
風が長い髪を乱した。
その一筋が紫龍の頬をかすめる。
紫龍は思わず顔を伏せた。

「あなたはどうですか、紫龍」
「え?」

名前を呼ばれ、弾かれたようにムウを見る。
静かな瞳があった。

「あなたはアテナと友のために命をかけると言ってましたね。そのアテナや友が生きるこの世界を、どう感じますか」

問われ、しばし無言になる。


アテナの加護を受け、平和であるべき地球(ほし)。
ここが、世界。


紫龍はふたたび海に視線を戻す。
白い街並み、どこまでも広がる青い海原と、青い空。
まばゆい地中海に、光が溢れる。

「美しいでしょう」

ムウは優しげに微笑んでいた。

「アテナが愛され、慈しまれる世界は美しい。それを守ることができる自分に、誇りを抱きます」
「誇り…」

口の中で繰り返したその言葉は、不思議と舌を痺れさせた。
呆けたようにムウを見つめる。
黄金色の聖衣に身を包む、美しい聖闘士。
以前は箱に収められていたその聖衣を纏い、佇む人。
滅多とない姿に、紫龍は戸惑った。

「今日は…どうしたのです」
「アテナに御用で参じたのです」

いつもと変わらない、淡々とした口調に戻っていた。
その声に、紫龍の中で何かがサッと引く。

「何か不穏な事件が?」
「いいえ、ただの報告ですよ」
「報告? あなたが聖衣を纏うほどの重大な?」

言い募る紫龍に、ムウはしばしキョトンとした顔になり、次に何がおかしいのかプッと吹き出した。

「…ムウ?」

予想外の反応に、紫龍は訝しげに眉を寄せる。
ムウは、笑っていた。
正確には必死に笑いを堪えているようだった。

「な、何がおかしいのですか」
「すみません、紫龍」

ムウはかすかに上ずった声で謝罪し、次に意地の悪い笑みを浮かべて紫龍を見つめる。

「そんなに気になりましたか?」

平静を取り戻したようで、もう淡々とした口調になっていた。
けれど、口元は少し微笑んでいる。

「わたしの口づけが」

突然に言われて、真っ赤になった。
なんて不意打ちだ!

「そ、そんな…何を…!」

しかしムウは冷静なままで、真っ直ぐに紫龍を見ていた。

「おや、違いましたか」
「ム、ムウ…」
「あなたほどの人が、随分とわたしに絡んでくるので、てっきりそうかと思いました」
「そ、それは…」

紫龍はしどろもどろに言い訳を考えるが、しかし、その無意味さを瞬時に悟ってやめた。

そうだ。
ずっと、考えていた。
この人のことを、この美しい聖闘士のことを。

「何故、あんな真似をしたのか…考えてました」
「ただの挨拶と言いましたよね?」
「え?」

絞るように出した問いに、しれっと返されて焦ってしまう。

「そ、そんな挨拶って…挨拶であんな真似、誰もしない!」
「そうですね、わたしもしません」
「はぁ!?」

さらにしれっと返されて、絶句した。
何を考えているのか、本当に理解できない。
まるで、ムウの手のひらの上で転がされてるみたいだ。
いいや、みたいではない、転がされている。
ムウはそんな紫龍に近づくと、両手で紫龍の右手をすくった。
反射的に振り払おうとするも、しかし紫龍の手は抵抗できずにムウに引き寄せられる。
そのまま指先を握られた。

「ム、ムウ…」

はじめて紫龍は、自分の『指』の存在を強く意識した。
敵を倒す指。
その手。
瀑布を天に叩きつける、力強く鋭利な刃を思わせる、美しい指。
ムウが指に唇を寄せた。
心臓が、はねる。
指先にかたい感覚と小さな痛みが走った。
軽く歯を立てられたのだ。

「…な、なにをっ」

いよいよその意味を理解できず、紫龍は混乱した。
この間のキスも意味がわからなかったけれど、今の甘噛みなんて、もっと意味不明だ。

「では、わたしはこれで」

優しげな笑みが暇を告げた。
手をほどき、紫龍の脇をすべるように通り過ぎる。

「ムウ!」

紫龍は戸惑った顔のまま、慌てて呼び止めた。

「…何故、こんなことを?」

ムウの足が止まる。
しばしの沈黙の後、

「何故でしょうね」

振り返った顔には、やはりさっきのと同じ微笑みがあった。

「そんな…何故でしょうって…」
「もし、あなたが」
「は?」
「わたしがアテナの御用を終わらせて、またここに戻ってきた時に。もし、あなたがまだここにいれば、答えましょう」

静かにそう言って、ムウの背中は白羊宮に去っていった。
紫龍は呆然と立ち竦む。
さっきの噛まれた後が熱を帯びたようにジンジンとした感覚を訴えていた。
右手を持ち上げ、指先を見つめる。
聖闘士にしては綺麗に整った指は、けれど決して華奢ではない。
充分に無骨だ。
ムウが惹かれるようなものは、何もないだろうに。
紫龍はこぶしを握り、疼く熱を追い払った。

顔をあげ、振り向く。
眼下にはさっきと変わらぬ景色が広がっていた。
青い海、そして空。
きっと、自分はムウが戻ってくるまでここにいるだろう。
今は海を眺める。
あの日、ムウが見ていた景色。
どんな思いで見ていたのか。
この美しい風景を。

「この世界を守れて…俺も、誇りに思う」

自分自身を。
紫龍は無性に、その気持ちを伝えたくなった。
ムウにもう一度会いたくなった。
海を見る。
同じ景色を見ているだけで、時間など意味をなさないほど一瞬で過ぎるだろう。
ずっと、あなたと、同じ景色を見てみたい。
この先もずっと、あなたの見つめるものと同じ…。
アテネの風に吹かれ、紫龍は強く祈るのだった。





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Everlasting Blue~後章~/20090211~0327 HAPPY BIRTHDAY to MUxSHIRYU!!!

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